予研=感染研裁判一八年の略史

一  発端

品川区にあった国立予防衛生研究所(以下予研という)の戸山地区への移転が知らされたのは、一九八六年七月のことであった。翌八月から、建設計画説明会が開かれたが、開催通知は、一部住民にしか知らされず、その内容も、日照問題に限定されていた。
同年末になって、住民代表の芝田進午氏のもとに、P3という危険な施設ができるのを知らないのか」という手紙が届けられた。
やがて、予研が武蔵村山市議会の抗議を受け、P4実験室稼動を停止させられていることがわかった。
住民らは、予研所長に対し、一四回の公開質問状を送ったが、三回は回答があったものの、要求した情報は、公開されなかった。
八八年九月一四日には、新宿区議会が、建設強行反対の陳情を採択した。
八八年一二月一三日には、機動隊を導入して、早大学生を逮捕し、工事を強行した。

二 東京地裁に提訴

八九年三月五日に、「予研裁判の会」を結成し、同月二二日に、一二八名の原告が、東京地裁に対して、移転差し止めの提訴を行った。
八九年六月五日に、「予研裁判を支援する会」が結成された。
原告は、この訴訟を科学裁判と位置づけ、被告国が、釈明の求めに全く応じない中で、実に五〇五もの書証を提出した。ここでは、人口密集地であり、災害時の避難場所に指定されている場所に、危険性を内蔵する細菌研究施設を建設することの可否が争われた。保有する細菌の危険性、放射性物質、有害化学物質の危険性、焼却によって生ずるダイオキシンの危険性、人為ミスの危険性、排気をろ過する高性能フィルターの捕集効率の問題、排水にかかわる問題、実験動物による感染の可能性の問題、阪神淡路大震災級の地震にたいする耐震性の問題など、多方面にわたった。

人為ミスに関しては、予研の八八年七月二一日付け回答で、「感染発生の確率は一五年に一回」としているが、この確率は、仮に三〇〇人の職員がいるとした場合、一年に一回以上の感染事故の起こる確率が〇・九九九九九九九九八九七四二となるものであって、ほとんど毎年、何らかの感染事故が起こっていることを示している。現に、本庄重男名誉所員も、手袋をはめ、白衣を着、マスク、ゴーグルで顔面を覆い、長靴を履き、消毒薬を準備して、万全の体制で実験を行ったにかかわらず、感染事故を起こしたと書証で述べている。

ヘパフィルターからエアロゾルが漏出する事実に関しては、被告は捕集効率は九九・九七%であるとのべ、かつ、粒子徑によって捕集効率が異なると述べている。この証言によれば、エアロゾルが、一万個につき三個の割合で漏出すること、また、漏出の個数が、粒子の大きさによって異なると主張するのであるから、比較できるほどの個数が漏出していることが証明された。
すなわち、細菌を含む人体に危険なエアロゾルが、ヘパフィルターを通過して漏出することは、疑問の余地なく、証明されたのである。

三 国際査察

原告らは、わが国に病原体実験施設を規制する法律がないところから、WHOの『病原体実験施設安全対策必携』の編者であるコリンズ博士の「感染研は人口密集地から十分に離れて立地すべきである」との意見書を書証として提出したところ、被告は、現場を見ていない人物からの意見を受け入れることはできないと反論した。

そこで、原告は、コリンズ博士及び立会人ケネディ博士による査察を求める上申書を提出した。裁判所は、これを認め、九七年六月一八日に査察が行われた。被告側の査察者は、リッチモンド博士とオビアット氏とであった。同年八月二九日までに報告書を提出することが合意された。
原告側は期日までに提出したが、被告側は九月一〇日に提出した。遅滞の理由は、航空便の遅れということであった。

ところが、九八年六月になって、リッチモンド、オビアット両名の署名が、本人のものでないことが判明した。それは、感染病理部長倉田毅によるものであることが明らかにされた。報告書提出遅滞の理由は、航空便の遅れではなかったのである。両名は、公証人の署名入りで「報告書作成の遅れであり、両名の署名が間に合わないので、倉田部長に署名を模写することを許可した」との文書を書証として、提出した。

被告は、原告の指摘が無ければ、裁判所を欺き通すところであった。また、査察者の一人は、提出期限の一か月も前に、知人に報告書の原案を示している。したがって、期日に間に合わなかったこと自体が、うたがわしい。感染研は、雑誌「アエラ」の取材に対して、倉田部長が査察者とやり取りしていたと証言するが、被査察者が査察者とやり取りすること自体が、公正を損なう行為である。また、もし、そのようにして合意文書ができたのであれば、とりあえず、ワープロによる仮署名で提出して、後日、作成期日と署名の記された正式報告書が送られ、仮報告書と差し替えられるはずである。署名を模写し、あたかもオリジナルな査察報告書であるかのように装うこと自体が、犯罪行為である。

「署名の模写」という犯罪行為をアメリカ人査察者が許可するとは考えにくいが、たとえそのような行為があったとしても、模写は「許可」するのではなく、「依頼」することとなるであろう。倉田部長が、本人に無断で「報告書」を勝手に下書き扱いして改竄し、告発されて、両名に泣きこんで、許可したことにしてもらった可能性が濃厚である。以上が、裁判における原告の指摘である。裁判所は、どのように判断したであろうか。

二〇〇一年一月四日、国立感染症研究所は、予研=感染研裁判に協力してこられた新井秀雄主任研究官に対し、厳重注意処分を行い、勤勉手当の一部をカットした。言論の自由に対する、不当な攻撃である。

四 芝田進午原告団長逝去

二〇〇一年三月一四日、予研=感染研裁判の判決を目前にして、この裁判を提起し、リードしてこられた芝田進午原告団長が、胆管ガンのため、逝去された。

ここに、予研裁判を支援する会の代表浦田賢治氏の弔辞を掲げ、哀悼の意を表したい。

「弔辞」
1 芝田進午先生が提唱された裁判の提訴以来一二年になろうとする現在、予研=感染研裁判を支援する会は、四つの団体と四〇〇名を超える個人会員を擁しております。来る二七日の東京地裁判決を前にした数日前まで、芝田先生は、ファクシミリ、電話、あるいはメールを使って、私どもに情報、知識、あるいは適切な示唆を与えてくださいました。私どもの追随を許さないほどの、飽くことのないお働きぶりに私は、いまさらのように感動しておりました。

2 数多いお仕事の中でとりわけいま指摘したいのは、裁判原告に会と弁護団の共同著作であります『バイオハザード裁判』が今年一月に刊行されたことです。これは、「支援する会」にとりまして、貴重な贈り物であり、またおおきな励ましとなりました。この書物に集約された原告の主張、とりわけ生物災害の危険性を鋭く告発した法理は、芝田先生がリーダーとなって作り上げた先駆的なものであります。この法理の主張は、地元住民や早稲田大学教職員の安全確保にとって有益であるばかりでなく、バイオ時代の国際社会に生きる未来世代の人権擁護のために普遍的な意義を持つものであると考えております。

3 さて先生と初めてお会いしたのは、今から四〇年余り前の東京で、唯物論研究会を再建する会合が開催された頃です。その後『人間性と人格の理論』が上梓されました。それ以後先生は、ヒロシマ紀元を提唱し、ベトナム侵略戦争を糾弾し、「アリスハーズ基金」を創設し、原爆音楽会を開催したりなさいました。しかし先生は一貫して、時代というものが求める最も大きな課題に取り組み、自ら実践する唯物論哲学者でありました。

4 昨年三月の最終講義で先生は、いつものようにさわやかな声で、「人間はガンになってもすぐには死なないのです」と言われました。それから一年もの間、先生は奥様や家族の方々とご一緒に、充実した毎日を過ごされたと思います。先生、ありがとうございました。どうか、安らかにお休みください。

五 東京地方裁判所の判決

東京地方裁判所は、二〇〇一年三月二七日、国立感染症研究所に対する実験差し止め、再移転要求の請求を棄却した。

判決書は言う。「病原体等が実際に排出、漏出等し、又はその可能性があるものと認めることは困難であり、したがって、漏出等によって控訴人らが感染する具体的な危険性があるとは認められない。他に控訴人らの主張を裏付けるに足りる証拠はない。」
「コリンズ・ケネディ報告書には、数多くのWHO指針等違反が指摘されているとの点については、どう報告書を検討すれば明らかな通り、同報告者らがWHO指針等違反とするものは、同人らの推測及び危険性発生の可能性を述べたものに過ぎず、これらの報告書を根拠にして、病原体等が漏出等する可能性があり、漏出等によって控訴人らが感染する具体的な危険性があるとは認めることはできない。」
「右の本庄論文にみられるように科学的用語を駆使した専門家の論文調の体裁を装っているものの、実質はDNA組換え技術自体の本質的部分に触れることを意図的に回避し、右技術の未知の分野に関する危険性のみを殊更に強調するという極めて偏った論旨であって不当なものである。人類ははるか彼方の古い時代から、植物や動物を交配して改良したり、また微生物を利用して酒やみそなどの食品を作ってきたりしているように、生物の持つ機能を実に上手く活用してきているのであるが、DNA組換え技術は、このような生物の持つ機能を上手に利用するために開発された技術の一つであり、ある生物から目的とする有用な遺伝子だけを取り出し、改良しようとする生物に導入することにより、新しい性質を付与する技術といえる。……もちろん、DNA組換え技術には未知の部分もあることから、ここに危険があるのではないかとの不安を抱く向きがないとはいえないが、それは要するに未知の分野であり、危険があるかもしれないという不安であって、具体性がないというべきであり、DNA組換え技術の右のような本質的部分を全く無視して、未知の部分のみの危険をいたずらに書き立て、喧伝して一般人の不安を煽るような論者らの態度は、およそ科学者として公正で責任あるものとはいえない。」

「証拠(乙五五、五八ないし六〇)によれば、オビアット及びリッチモンドは、その報告書作成に当たり、倉田に署名を代行することを依頼しており、報告書の内容自体はオビアット及びリッチモンドが承諾していたこと、更にその後両人の署名した同内容の報告書を再び提出していることが認められ、右事実からすれば、オビアット及びリッチモンドによる報告書として当初当裁判所に提出されたもの(乙五五)が、両人の意思内容を表現したものであるから、その報告書の両人の署名部分を倉田が行っている点に格別の不正義は認められないし、もとより右報告書の証拠価値に何らの影響を与えるものでもない。」

ここでは、「代行を依頼した」としているが、両人が、公証人立会いの上で作成した書証は「模写を許可した」となっており、全くのすり替えである。更に、再提出が、原告の偽署名指摘前なのか、指摘後なのかという最も重要な事実に触れていない。

私たちは、判決を見て、最初は、やり取りが実際に行われ、合意した文書が、後便で送られてきたのかと思った。しかし、よく考えてみると、倉田部長は、偽造文書をあたかも真の査察報告書であるかのごとく提出しているのであるから、よしんば、後便で送られてきたとしても、感染研は、それを裁判所に提出できなかったはずである。最初のものが偽物であることを告白しなければならないからである。

とすれば、「その後両人の署名した同内容の報告書を再び提出している」のは、偽署名が明らかになってから、偽報告書の内容を、両名も認めていたと取り繕うために、再提出したものであろう。
署名代行(実は模写)を「依頼した」のであれば、両名が、後便で、本人署名の報告書を提出する必要もなかったのである。わざわざ、公証人を立てて証言すること自体が、自分たちの証言の信憑性のなさを自認しているのである。

同月三〇日、原告団は、上告を決議し、上に述べたような緻密な分析に基づく次の声明を発表した。また、故団長夫人芝田貞子さんを、新たな団長として選出した。

「声明」
1 本年三月二七日、東京地方裁判所は、わが国において最初の本格的なバイオハザード裁判である予研=感染研の実験差し止め訴訟について、判決を言い渡した。判決は、病原体が周辺に漏出する危険はないとして、私たちの請求を棄却した。しかし、私たちはこの判決に承服することは絶対できない。

第一に、判決は、「原告らにおいて感染研の業務の危険性を具体的裏付けをもって主張し、立証する必要があり、その点の責任は果たされていない」と、病原体漏出の危険性があることの立証責任が私たち住民にあるとした。しかし、感染研が私たちの生活領域に一方的に進出し、かつ病原体実験業務に関する資料はすべて感染研が保持しているのであるから、逆に感染研において安全性について欠ける点のないことについて立証すべきであり、その立証を尽くさない場合は、感染研の実験業務に安全性が欠けるとみるべきである。このことは、原発訴訟においてすでに確立された法理となっている。

しかし、今回の判決はこの法理を無視し、本件は公害型訴訟でないことを理由に、資料も何も持ち合わせていない私たちに立証責任を転嫁したのである。しかし、大量の病原体が漏れて周辺住民の生命や健康を侵害し、侵害の危険性を与えることを生物災害というのであるから、まさに公害にほかならない。判決は、本訴訟がバイオハザード裁判であることを隠蔽しようとするものである。

第二に、それでも私たちは、病原体が周辺に漏出する危険性について、詳細かつ具体的に立証した。これに対し、判決は、「想像にすぎない」「不安にすぎない」との理由で私たちの主張と立証をことごとく排斥したうえ、例えば、ヘパフィルターは病原体を一〇〇%捕集できないことが明白であるのに、「ほぼ完全捕集が期待できるものといって差し支えない」と、勝手に決めつけて漏出の危険はないと判断したことにみられるように、私たち住民の主張は信用できない、感染研は信用できるの図式で、感染研の言い分を全面的に採用したのである。

本訴訟は科学裁判であるから、私たちは科学的な立証を行ったが、判決は、非科学的な理由でもって、病原体漏出の危険が証明されていない、と一方的に決めつけたものである。

第三に、国内では病原体実験施設を規制する法律がないため、私たちはWHO基準にもとづいて感染研の安全対策を検証した。その結果、数十項目の基準違反が判明したにもかかわらず、判決は、基準を満たしていないから病原体が漏出するとは限らないとの理由で、WHO基準違反の事実に目をつぶった。
しかし、WHOは最低基準を定めたものだから、それに違反していることだけで安全対策が欠けていることを示すものである。どうして基準違反があっても病原体は漏出しないのか、判決はここにおいても何ら理由を示していないのである。

第四に、感染研に対して実施された国際査察につき、判決は、感染研推奨のアメリカ人研究者の安全対策は十分に講じられているとの報告書は評価できるが、私たちの推奨したイギリス人研究者の報告は、安全対策が著しく不十分だとして「再移転」を要求した厳しいものであったのに、「推測」「可能性」を述べたものでしかないと切り捨てた。

しかし、アメリカ人報告書は、査察を受けた感染研の当時の部長倉田毅が偽造したものである。それにもかかわらず、判決は「格別の不正義は認められない」として、偽造文書のほうを信用できるとしたのである。驚くべき正義感の欠如だといわなければならない。

2 以上のほかにも、判決は、私たちが提出した科学的証拠を直視せず、歪曲、曲解する過ちを犯している。阪神淡路大震災の教訓も無視している。また、判決には、人類を恐怖に陥れる生物災害を事前に防止しようとする姿勢がまったく認められず、これまでの公害の教訓として導き出されてきた「予防の科学」に対する取り組みを完全に欠落している。私たちは、時代に逆行し、感染研の言い分を鵜呑みにした行政追随の判決を厳しく糾弾するものである。

なお、今回の判決は、感染研が今後も戸山地区で実験を続けることを認めたものでは決してない。前述した立証責任の転嫁と偏頗な判決の結果でしかなく、感染研の安全対策が十分だと積極的に評価されたものではないからである。
私たちは、今後も、控訴審において判決の誤りを是正させるとともに、住宅地での病原体実験の禁止を求めて引き続き奮闘するものである。
二〇〇一年三月三〇日、予研=感染研裁判の会原告団臨時総会
また、四月一七日には、早稲田大学第一、第二文学部連合教授会・教員会が、不当判決を批判する次の声明を発表した。
「二〇〇一年三月二七日、東京地方裁判所は、国立感染症研究所(旧国立予防衛生研究所)の実験差し止めを求める訴訟に判決を下し、原告側請求を棄却した。私たちは、住民との合意のないまま、安全性の疑われる施設を、一般住宅や学園等の所在地に移転し、実験を開始したことに抗議して、過去三回にわたって声明を公にしてきた(一九八八年八月、一九九二年六月、一九九四年九月)。
にもかかわらず、今回の判決は、人口密集地における病原体実験の持つ危険性をまったく認めない内容であり、当該施設に近接する教育・研究機関としては、到底、容認することができない。
早稲田大学第一、第二文学部連合教授会・教員会は、この度の判決を厳しく批判するとともに、原告団の控訴を全面的に支持するものである。以上」

六 東京高等裁判所への提訴

二〇〇一年四月一〇日、三月三〇日の原告団臨時総会の決議に基づいて、一六三名の控訴人が東京高裁に上告した(控訴人代表・芝田貞子)。
〇二年四月一五日 公開資料に基づいて、ヘパフィルターの捕集効率についての実験式を導き、グラフを作成して、提出した。
以下、その論争をまとめて紹介しよう。

P2施設からの実験排水について
1 P2排水を滅菌処理していなかった
実験室からの排水には、①実験で使用した廃液や実験器具の洗浄水、②手洗い、緊急時の洗眼水がある。①の廃液や洗浄水の内の濃厚洗浄水については、高圧滅菌器や消毒液で処理するとしているが、②の排水と①の希釈された洗浄水は実験室内で処理されず実験室外に排水される。この時、手や目、実験器具についた病原体等が排水中に含まれる可能性がある。また、人為的ミスや過誤により実験済み廃液や濃厚洗浄水を処理せずに流してしまうことも考えられる。
被告は、「実験室からの廃水もまた、管理の重要な対象となる。我が国でも、病院の廃水に含まれていたコレラ菌が河川に流入して検出された事例がある。廃水は、これをそのまま下水道等へ流すことをしてはならない。実験室からの廃水は、必ず処理層を設けて、いったんその中で滅菌処理を行った後に放出することが必要である」(第一審準備書面(五))と、P2排水(コレラ菌はP2レベル)の処理槽による滅菌処理の必要性を主張していた。

排水処理については、情報公開法で入手した「完成図書」では、P3実験室からの排水は病原体を含む可能性を考慮して施設外へ排水する前に、排水を滅菌処理設備で処理するようになっていたが、P2実験室からの排水については、中和処理が行われるだけで滅菌されずに施設外に放流されることになっていた。原告が追及したところ、被告国は、竣工後しばらくしてからP2排水の滅菌処理装置を追加したと主張した。
当初の設計の杜撰さと、少なくとも竣工当初、病原体等を含んだP2排水が外部に放流されていた可能性が大きいことが証明された。

2 被告国が竣工後追加設置したとする処理装置では滅菌の保障はない
ところで被告が設置したとするP2排水滅菌処理装置なるものについて、実際に設置したことを証明する詳細図面や仕様書などの明確な証拠が被告から法廷に提出されなかった。
次に、処理装置を設置したというのが事実だとしても、被告が主張する仕様で確実にP2排水が滅菌されていることが証明されねばならない。P3排水滅菌処理装置と同等のものが求められるが、P2排水処理設備については、
ア 専門業者による保守管理がおこなわれてはいない
イ 分解点検や保守管理が行われてはいない
ウ 確実に滅菌されていることを示すデータ(排水中の塩素濃度、排水の滞留時間、培養試験結果等)がない。
エ 機械故障時及び保守、清掃等非常時に対応できる仕様になっていない
オ 通気およびオーバーフロー管等外気に直接接する開口の装置側にHEPAフィルターを設けるなど、病原体等が外部に漏れない構造になっていない
ことから、P2排水処理装置により確実に滅菌処理が行われている保障はなく、実際はP2排水を通じて病原体等が漏出している可能性は現状でも否定できない。

P3施設からの実験排気について
~指針違反の性能不明なHEPAフィルタを使用
実験排気の除菌用に設置されるHEPAフィルタは、〇・三ミクロンのDOP粒子九九・九七%以上の捕集率を持つものである。被告国は、バイオハザード対策用キャビネットについては〇・三ミクロン付近のDOP粒子の透過率が〇・〇一%を超えないことを走査試験により確認したHEPAフィルタを使用しているので排気中の病原体を一〇〇%除菌できると主張した。

その根拠としてHEPAフィルタの現場性能試験を規定した文科省「組換えDNA実験指針」及び、(社)空気清浄協会「クラスⅡ生物学用安全キャビネット」を遵守していると被告は主張していたが、原告が入手したP3実験室に設置したキャビネットの現場試験データにより、長年、試験用エアロゾル(DOP粒子)を負荷せず、また走査試験もおこなわず「合格」としていたことが判明した。実際は、フィルタは工場の出荷時の検査で性能確認されただけで、その後現場においては指針や協会規定に反してまともな性能試験を行ってはいなかった。周辺住民は現場において性能が確認されていないHEPAフィルタを通過した膨大な実験排気を吸わされていたことになる。

被告国は原告の指摘に対し、「試験用エアロゾルを負荷」して性能試験するという規定はないという虚偽の主張を繰り返す一方で、原告の指摘によりDOPを負荷した試験を実施せざるを得なくなり、その報告書を提出してきた。しかし、その内容は規定された検査要領に従って実施されたのかどうか判断不能なずさんな報告だった。
フィルタの性能問題で重要なのは実際に病原体が透過するかしないかであり、捕集率や透過率はその指標であるに過ぎない。被告国は、透過率の確認すら怠ってきた。

入手した資料から
情報公開法に基いて、膨大な資料が得られたが、一例を示せば十分であろう。判決書では、HEPAフィルターの性能は向上していると説くが、これは二〇〇一年一一月七日の資料だから、その向上したHEPAフィルターの資料である。
ヘパフィルターの上流側のデータは、測定粒径が〇・一、〇・二、〇・三、〇・四、〇・五、〇・七、一・〇、二・〇(単位 μm)で区切られており、下流側のデータは〇・三、〇・五、〇・七、一・〇、五・〇、一〇・〇(単位 μm)で区切られ、対応していない。しかしながら、累計が与えられているから、粒径〇・三~〇・五μm、〇・五~〇・七μm、〇・七~一μmについては、比較することが出来る。また、下流側では、一・〇、五・〇、一〇・〇μmの数値が与えれているから、一・〇~二・〇μmの区間について、推定を試みまよう。
この粒子数をk(x-10)n と仮定すると、
5n+1 : 9n+1 = 12 : 69 1.8n+1 = 5.75
から、n=2と推定される。したがって、一・〇~二・〇μmの区間には、一・〇~一〇・〇μmの区間の粒子数の(93 – 83 )/93 = 〇・三 が含まれると考えることができる。(第1図)
同様にして、 測定位置18
1回目     19
2回目     28
3回目     29 と推定することができる

粒子径と捕集効率との関係(測定位置18)
上流側というのは、HEPAフィルターを通過する前の位置である。〇・〇一立方フィートについて調べ、一立方フィートに換算するために、一〇〇倍した値である。ニッタ(株)製のDOP発生装置を使って、測定対象としている〇・三~〇・五μmの粒子が多数発生するように、調整を行なっていると思われる。
実験室で実際に発生するエアロゾルの粒子径の分布は、必ずしも、これと同じではないと思われる。ちなみに、DOPは、フタル酸ジオクチル(dioctyl phthalate)のことで、無色の油状物質である。融点はマイナス四六度Cだから、常温では液体である。

〇・一~〇・二μmの粒子の捕集効率が最小というのは誤り
被告は、「HEPAフィルターは、〇・一ないし〇・五ミクロンの粒子、特に〇・一ないし〇・二ミクロンの粒径の捕集効率が最小となるという実験的な粒子捕集の特徴があり、…そして、HEPAフィルターの捕集性能試験では、捕集されにくい〇・三ミクロン粒径のDOP粒子すら、九九・九七パーセント以上を捕集する性能を保証することが規格となっていることから、実際には極めて高い捕集性能を有することになる。」とのべている(判決書一八四ぺージ)。
規格になっていることと、実際にそのようになっていることとは、全く違う。
ところで、開示資料を基礎にして、粒子径と捕集効率の関係を推定すると、第2図のようになる(実験室(4)、位置一八)。
赤、紺、緑、紫の線は、開示資料をもとに計算した捕集効率の位置を表す。三回の計測値に対して三本ずつあるが、重なってみえるものもある。茶色の曲線は、相対度数の平均値がどのように変動するかを示している。それぞれの直線と交わる位置が変われば、谷はもっと深くもなる。また、谷の位置も、〇・七ミクロンから一ミクロンを超えて移動する(原図はカラー)。
このグラフによれば、最も性能が劣る粒径は、一・〇ミクロン前後と推定される。ここでの捕集効率は、九九・九%より低く、一〇〇個に一個はもれ出ていることになる。感染研は検査を業者任せにしており、業者の報告書の内容も、おそらく誰の目にもふれることなくファイルされているのではなかろうか。その結果の分析すら行った形跡がない。もし、検討を加えていれば、ここに述べたのと、ほぼ同一の結果が得られたはずである。

ところが、判決書は、規格と実際とを混同した感染研の記述の誤りを分析もせず、鵜呑みにして、さらに、粒径を、全く概念の違う孔径と誤った上で「その規格上、最も捕集効率が劣る〇・一ミクロンないし〇・五ミクロンの孔径(粒径)の粒子のうちの〇・三ミクロンの孔径(粒径)の粒子ですら、九九・九七パーセント以上の割合で捕集し」とのべている。
下級審とはいえ、日本の首都東京における裁判の判決としては、あまりにもお粗末である。

捕集効率の谷を巡る論争
控訴人は、この段階では理論を確立するに至らなかったが、計量的にグラフを示して、捕集効率の谷の存在を明らかにした。感染研の側は、原審ではその存在を認めていながら、高裁において控訴人が主張すると空論であると否定し、最終段階ではそれを認める醜態を演じた。
感染研は、その存在理由を、拡散による効率と衝突による効率によって二元的に説明しようとするのである(第3図)が概念的であって、計量的には解明できず、殊に両端部分に関しては、何ら説明していない。なにより、確率を足す以上は、確率の加法定理が適用できる理由を示すべきである。
控訴人は、感染研から入手した資料に基いて、粒径〇・八五μm前後のところに捕集効率の谷があると主張している。感染研の方は、〇・一乃至〇・二μmのところに谷があると主張している。

塵埃をめぐる論争
以上の分析に対して、被控訴人は、準備書面(二)一四ページにおいて、「現場試験成績で〇・五μmを超える粒子が検出されているのはフィルター下流側のダクト部分からの塵埃を拾っている(誘引)と考えるのが最も自然である。」と反論してきた。しかし、いやしくも科学的な測定を行うのであれば、塵埃を拾うことがないように、条件を整えるべきであろう。すなわち、上流側のエアロゾルを0として、下流でもエアロゾルが検出されないことを、したがってまた、塵埃を誘引してもいないことを確認してから、エアロゾルを発生させるのが通常の手順である。これらの手順は、いわば、科学的測定のイロハである。準備書面(二)は、この測定が、そのような初歩的な手順も踏まずに行なわれたものであると主張しているのである。もし、残留塵埃粒子を捕捉したのであれば、当然ながら、それは、残留塵埃粒子を含む残留気体を検査したことになり、HEPAフィルターを通過した気体を調べて、HEPAフィルターの性能を検査するという目的から逸脱していることになる。(誘引)などという言葉で繕っているが、そもそも、(誘引)が起こらないように条件を整えることが、測定者の責任ではないか。

ところで、この検査では、測定は三回に亘って行われているから、測定の度ごとに、HEPAフィルターを通過した気体の割合が多くなり、残留塵埃粒子が減少するのが当然である。ところが、公開された資料によれば、残留塵埃粒子は減少するどころか、逆に増えてさえいる。
感染研は、「現場試験成績で〇・五μmを超える粒子が検出されているのはフィルター下流側のダクト部分からの塵埃を拾っている(誘引)と考えるのが最も自然である。」と主張しているから、〇・三~〇・五μmの粒子はHEPAフィルターを通過した粒子であり、〇・五~〇・七μm、〇・七~一・〇μm、一・〇~二・〇μmの粒子は、残留塵埃粒子であるということを認めたことになる。残留塵埃粒子と通過エアロゾル粒子の関係を図示すると次図のようになり、残留塵埃粒子が、通過エアロゾル粒子の増加と共に増加していることが一目瞭然にわかる。

因みに、相関係数を求めると、それぞれ、〇・九九八六九、〇・九九六二六で、一・〇~二・〇μmの粒子でさえ、〇・九九六七五と高度の相関を示している。このことは、三種の粒子のいずれについても、その個数が〇・三~〇・五μmの粒子の個数と「ほぼ正比例の関係にある」ことを示しているのである。
上にも述べた通り、感染研は、この〇・三~〇・五μmの粒子については、上流側のエアロゾル粒子が下流側に漏出したものとして捕集効率を算出してるから、これをダクト部分の塵埃と認識していないものと考えることができる。
〇・五~〇・七μmの粒子も、〇・七~一・〇μmの粒子も、一・〇~二・〇μmの粒子も、この漏出粒子と高い相関を示したということは、これら3種の粒子が、どれも、残留塵埃粒子ではなく、HEPAフィルターを通過した漏出粒子である可能性が高いことを示している。
感染研が、〇・五~〇・七μmの粒子、〇・七~一・〇μmの粒子、一・〇~二・〇μmの粒子が、ダクト内の塵埃粒子を誘引したものであることを立証するのであれば、未使用で汚染されていないHEPAフィルターを装着し、上流側のエアロゾルを〇として三回の測定を行ない、誘引した塵埃粒子の個数の推移(増加傾向のあるのか減少傾向にあるのか)を確認しなければならない。使用中のHEPAフィルターを用いた場合は、汚染によって、結果が乱されると思われるからである。
ところで、準備書面(二)では、あたかも控訴人が「粒径の大きい方が透過率が高いと結論づけ」ているかのように書いているが(13ページ)、控訴人は、どこでもそのような主張を行なってはいない。捕集率が極小(前後と較べて最小)となる粒径があることを、グラフを用いて明示しているだけである。捕集率が極小となる粒径があることは、被控訴人も、「捕集率が最小の場合でも」と書き、その事実を認めているのだから、批判は的外れである。

国側のもう一つの反論
準備書面(五)において、被控訴人は、HEPAフィルターから一mの距離にあった下流側の吸引管の位置を、一〇㎝まで近づけ「塵埃」を減らすことに成功したと書いている。いままで、〇・五μm以上の粒子が多数観測されたのは、塵埃を誘引していたからであって、吸い込み口をHEPAフィルターに近づけた結果、塵埃がそれだけ少なくなったと言うのである。これは、装着の不具合など、全般の問題に答えない的外れの議論である。
国側は、もう一つの新井秀雄氏処分にかかわる裁判において、HEPAフィルターの下流側粒子のうち、「〇・五μm以上の粒子はDOP粒子ではなく、測定域内の塵埃を計測している場合が多いと考えられる」と主張し、 その理由として、「現場試験において上流側で負荷を行なったのは、〇・三μmで正規分布する粒子であって、原告が問題とする粒径一μm以上の粒子等については、上流側で負荷を行なっていない」と主張している。
ところが、国側がこの裁判に提出した乙証一二五-二のP3実験室(三)一三における第一回の上流側計測数は、一立方フィートあたり三九一二〇〇個となっている。したがって、一μm以上の粒子は負荷していないのだから、HEPAフィルターから漏出することはありえないとする国側の主張は、全くの誤りである。否、虚偽であるといってもよいであろう。

塵埃の由来について
国側はダクト内に塵埃が存在すると主張するが、ダクトは外界に対して強制排気を行なう通路であり、その排出孔から塵埃が逆流して入りこむことは考えられない。また、ダクト自体は気密構造になっているはずだから、ダクトの隙間から外部の塵埃が入りこむ可能性はない。そうすれば、塵埃の入りこむ唯一可能な場所は、実験室からダクトへ通ずる排気孔だけになる。つまり、塵埃というのは、以前にHEPAフィルターを通過したエアロゾルが、壁面などに付着して排出を免れて残留しているものということになる。「塵埃」は単なる塵埃ではなく、病原体、あるいはそれの芽胞化したものを含んでいると考えられる。
今回、国は、この批判をかわすために「準備書面(七)」で、この塵埃はフィルター交換時等に付着した塵埃であるとの主張を持ち出してきた。その結果、新しい矛盾に逢着した。「工事完了に際しては、建築物内外の片付け及び清掃を行う」という契約が取り交わされている(乙一二二号証の一)から、ダクト内の清掃を要求するのは当然である。せめて、入り口から検査用吸い込み口のある一〇㎝乃至二〇㎝まででも清掃すれば、「塵埃」を誘引することは避けられたはずである。
ところで、国はまた、「ダクト内においては、ダクト内側に付着した塵埃が常に空気中にでていく状態にあり、一定時間の経過により、塵埃がゼロになるようなものでない」とも主張するのである。この「塵埃」はフィルター交換時に付着したものであり、それが常に空気中に出て行く状態にあると主張するのであるから、その塵埃が時間の経過によって減少することがなく、むしろ増加する場合すらあるというのは、不合理である。

もう一つの新たな矛盾
最終書面で、国側は〇・三~〇・五μmの粒子についても、「HEPAフィルターから漏出した粒子であると認めたことはない。」といいだした。控訴人の「四階級の粒子の間に、本質的な差異はない」とする主張を認めざるを得なくなったのであろう。その結果「乙第一五四号証」は、たとえば実験室(一)位置三では一立方フィートあたり二六〇個、実験室(三)位置一三では一立方フィートあたり一一七個の「塵埃」が誘引されていることを認めることとなった。
ところで、HEPAフィルターからの排気量は、毎分八・六乃至十一立方メートル、立方フィートに換算すると三〇四乃至三八八立方フィートであり、風速は毎秒〇・二三m以上である(被控訴人準備書面(三)七ページ)。 したがって、HEPAフィルターから一〇㎝しか離れていない吸い込み口に到達するまでの時間は、一〇/二三=〇・四三秒以下である。しかも、吸引する空気量は、毎分一立方フィートである(現地DOP試験成績表)。排出された空気の三〇四分の一乃至三八八分の一でしかない。従って、誘引された塵埃が入り込む余地がないどころか、ダクト内側に付着している塵埃が誘引される可能性さえほとんどないものと考えられる。すなわち、実験室(一)測定位置三や、実験室(三)位置一三で計測された粒子は、すべて、HEPAフィルターから漏出したものであると判断される。
以上の考察によって、国側の主張は、ことごとく根拠がないことが立証された。

〇二年十一月一三日、環境総合研究所に依頼して行った「新宿区戸山国立感染症研究所周辺地域大気拡散調査報告書」を提出。「大気拡散調査」のカンパ総額は、一五三万一千円に達した。
〇三年二月四日、増田建築構造事務所に依頼した「厚生労働省戸山研究庁舎研究実験棟の耐震安全性について」を提出した。

施設の総合的な耐震安全性が不足することについて
(1)当該施設に求められる耐震安全性
地震学の最新の知見では、首都圏をマグニチュード(M)7級の大地震がいつ襲ってもおかしくないと言われる中、「地震国日本においては、施設の耐震安全性が最大の目安となる。すなわち、大地震の再来が懸念される東京においては、少なくとも過去の関東大震災に匹敵する地震に対しても耐えうる耐震性が要求される。また、施設内部の諸設備についても、耐震保持の設計がなされなければならない」(被告準備書面(六)九六・九七頁)と国も認める通り、施設の構造面、非構造面、設備面において病原体等を大量に扱う施設の場合、大地震動時及び地震後においてこうした病原体等が外部に絶対に漏出しないよう万全の対策が確保されていなければならない。
建物の耐震基準は建築基準法で定めているが、この規定はあくまでも内部の人命の安全確保を目標としており、病原体等の漏出を防止することは最初から考慮外にしている。そもそも関東大震災の真相はまだ完全には解明されてはおらず、地震工学は未解明の部分が多数ある発展途上の分野である。
そこで、一九九五年の阪神淡路大震災での多数の官公庁施設の被災の教訓から、当時の建設省が「官公庁施設の建設等に関する法律」に基づき策定した「官庁施設の総合耐震計画基準」(以下、「九六基準」と言う)に基づく耐震診断の実施と九六基準を満足する耐震安全性を必要最小限の条件(十分条件ではない)として求めた。
(2)当該施設は総合的な耐震安全性が確保されてはいない
すべての情報を持つ被告国はこの原告側の要求を黙殺してきたが、二〇〇〇年四月に施行された情報公開法により、原告は戸山庁舎の膨大な構造設計図書(構造計算書、地質データ、設計図面)を入手し、専門家の助けを借りて内容を検討した。
その結果、少なくとも以下の点で九六基準を満足していないことが判明した。
ア 周辺への災害防止に配慮した立地、配置計画
イ 保有水平耐力などの構造耐力
ウ 非構造部材の耐震性
エ 設備面で、水槽や設備機器類の耐震性
オ ライフライン途絶対策
カ 耐震診断
それとともに、
キ 塑性率の過大な設定から、大地震動時、多くの部材(梁、柱)が完全に破壊し修復不可能となる可能性が大きいこと。
ク 大地震動を受けると構造耐震性が大きく低下し、大きな余震で崩壊する可能性もあること。
を指摘した。
国はやむを得ず、上記イについては満足しない部分があることを認めたが、「バイオハザードと直接結びつくものではない、大地震動後は業務を行わない」などと強弁し、耐震診断の実施についても拒否した。耐震診断を実施すれば、耐震改修では追いつかず、移転を余儀なくされることになることを恐れたことは明白である。
〇三年二月二六日 結審
一旦、結審したが、国側の論理が科学裁判に相応しくないと、審理再開を決めた。

〇三年七月一六日 公判再開 第二次結審
〇三年九月二六日東京高裁が「予研=感染研実験等差し止め請求裁判」の判決を行った。
「予研=感染研実験等差し止め請求東京高裁裁判、判決(要約)
口頭弁論終結日 平成一五年七月一六日
判         決
当事者 (略)
主         文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事 実 及 び 理 由
控訴の趣旨
原判決を取り消す。
被控訴人は、国立感染症研究所をして、東京都戸山一丁目二三番地所在の厚生労働省戸山研究庁舎(戸山庁舎)において原判決別紙2病原体目録記載のレベル2以上の病原体等を保管、それらを使用しての実験(動物実験、遺伝子組替え実験を含む。)並びにそれに伴う排気、排水及び排煙等の同庁舎外への排出をしてはならない。
訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
事案の概要等
(略)
「前提となる事実」「控訴人らの主張」及び「被控訴人の主張」
次の通り原判決を訂正し、当審における当事者双方の主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」第二の二ないし四記載のとおりであるから、これを引用する。
原判決の訂正
ウ 原判決一九頁四行目の「審査」を「検査」に、同八行目の「検定」を「検査」にそれぞれ改める。
カ 同三六頁五行目の「科学」を「化学」に、同三七頁四行目の「の診断、予防及び治療に関する」を「に関わる」に、同六行目の「専門家」を「専門」にそれぞれ改める。
キ 同九五頁八行目、十一行目、同九九頁三行目の各「補足」を各「補捉」に改める。〔「捕捉」に再訂正が必要。編集者〕
当審における当事者双方の主張(略)
第3 当裁判所の判断
「本訴請求に係る訴えの適法性」及び「人格権に基く差し止め請求」
これについては、原判決第三の一、二に説示の通りであるから、これを引用する。ただし、原判決二五二頁一〇行目末尾に、行を改めて以下を加える。
「以上のとおり、本件において控訴人らは、一定レベル以上の病原体(原判決別紙二病原体等目録記載の病原体等のうち、レベル2以上のもの)の保管禁止、それらを使用しての実験(動物実験、遺伝子組替え実験を含む。)、それに伴う排気、排水及び排煙等の戸山庁舎外への排出の禁止を求めているものであるところ、違法な権利侵害ないし法益侵害が存するかどうか(いわゆる受忍限度)を判断するに当たっては、基本的にはこれまでの判例によって示されている判断基準に従うべきものであり、要するに控訴人らが主張する侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に執られた被害の防止に関する措置の有無およびその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものであると解するのが相当である。
本件差止請求における特有な問題は、控訴人らにおいて、感染研の施設及びその運営そのものに周辺住民へ危害を発生させる危険性があるとし、病原体等・遺伝子組替えDNA実験等に伴って、病原体等、遺伝子組替え体、有害化学物質、発がん物質、放射性物質及び感染廃棄物等(これらを「病原体等」と総称することがある。)が戸山庁舎外の周辺地域に排気、排煙、排水、排出等され、又漏出し(これらを「漏出等」と総称することがある。)、それによって控訴人らが感染(化学災害、バイオハザード、放射線災害等を含む。)する危険性があり、その生命、身体、健康等そのもの及びこれらから派生する平穏な生活を営む利益を侵害し、又は侵害する危険性が存すると主張していることにある。
上記の有害物質のうち本件で特に問題とされているのは病原体等(上記の遺伝子組替え体以下をのぞく。)であるが、この病原体等とは、病原微生物(感染性をもつウイルス核酸、又は侵害する危険性プラスミドを含む。)寄生虫並びにこれらの産生する毒性物質及びアレルゲン等生物学的相互作用を通じて人体に危害を及ぼす要因となるものをいうとされている。この病原体等は、その危険性の度合に応じてレベル1からレベル4までに分類されており、病原体等のバイオセーフティレベルの分類基準は、個体及び地域社会に対する低危険度(レベル1)のものから、個体・地域社会に対する高い危険度(レベル4)のものまでが段階的に分類されている。……
本件において控訴人らが主張している要旨は、上記のとおり、感染研(戸山庁舎)の施設及び運営自体に存する危険性が原因になって、戸山庁舎から病原体が排出、漏出等されて、それが周辺地域に居住等している控訴人らに感染し、その生命、身体、健康等そのもの及びこれから派生する平穏な生活を営む利益を侵害し又は侵害する危険性が存するというものであって、特に生命、身体、健康等に関しては、単なる睡眠妨害、会話・電話による通話、テレビの聴取に対する妨害及びこれらの悪循環による精神的苦痛等いわゆる生活妨害の範疇にとどまる自動車騒音等による被害とは、その被侵害利益の性質、内容が本質的に異なっており、生命、身体、健康等という人間の生存にとってかけがえのない極めて重大な利益が対象とされている。また、控訴人らが主張している侵害行為は、被控訴人の設置に係る感染研(戸山庁舎)の保有する病原体等が外部周辺地域へ現に排出、漏出等されており、ないしはその可能性があるというものであって、ひとたび病原体等が外部に排出、漏出などされるような事態が発生すれば、その病原体の病原性、感染力、漏出量及び伝播の範囲等の条件如何によっては、最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害を招来する危険性があることは何人も否定することができないであろう。したがって、本件において差止請求が認められるか否か(受忍限度の範囲内か否か)を判断するに当たっては、特に上記のような本件に特有な問題について十分に配慮する必要がある。その上で、仮に上記侵害行為によって控訴人らの生命、身体、健康等に対して現に病原体等による感染の危険性という具体的な危険性が生じていることが明らかにされたときには、その事柄の重大性、深刻性及び緊急性にかんがみ、上記違法性の判断枠組みのうちの他の考慮要素は相対的に重要度が低いものとの評価を受け、当該侵害行為は違法性を有するものとして、差し止められるべきものであると解するのが相当である。これに対して、控訴人らの生命、身体、健康等に対する具体的な危険性が生じているとはいえず、単に抽象的、一般的な危険性が存するにとどまるときには、上記受忍限度論の判断基準に従って受忍限度の範囲内にあるか否かを決定すべきであると考える。」
感染研の概況(略)
感染研における安全対策の実情(略)
控訴人らが主張する危険性について
はじめに
ア (略)
イ 病原体等は、感染微生物、寄生虫及びその産生する毒性物質、発がん性物質、アレルゲン等の生物学的相互作用を通じて危害を及ぼすものであって、個体及び地域社会に及ぼす危険度は、その病原性、治療法、予防法、伝播可能性等〔に〕よって異なっており、バイオセーフティレベルの分類基準によればレベル1から4までに区分されており、極めて多種多様なものが包含されている。しかも、病原体等が現に漏出等しているか否かを正確に確認することは、現代の最先端科学技術をもってしても極めて困難であると考えられる上、病原体等の中には、病原性、伝播性が強いものもあり、仮に感染しても、一定期間発病しない病気もあるし、今日においても未確認の病原体等がなお存在することも考えられる。また、組替えDNA実験については、未解明の分野であるだけに課題も多い。感染研作成に係る「病原体等が人に感染した場合の生命に対する影響」(乙四一)によっても、各病原体等によって、生命・身体・健康等への影響、予防・治療法、常在性、感染経路(空気感染、飛沫感染、経口感染)はそれぞれ異なっており、漏出等及び感染の予防が非常に難しい問題であることを窺わせるものである。それだけに、被控訴人、とりわけ感染研においては、病原体等が漏出等しないよう、現代の最新の科学的知見に基く安全管理体制の構築とその見直し作業が強く求められている。そして、適正、円滑に安全管理業務を遂行するためには、その実情を地域住民を始めとする国民一般に広く情報公開等して、その理解と協力を得ることが最も重要であると考えられる。控訴人らの上記主張は、このような意味において、重みのある指摘であり、傾聴に値するものである。
しかしながら、控訴人らの主張する点については、感染研における安全管理体制が適正、円滑に行われる限り解決することが可能であって、いずれも行政施策の問題であるということができる。……バイオハザードに控訴人ら主張のような性質、特徴等があるとしても、それはその一般的、抽象的危険性を指摘するものではあっても、そのこと自体から直ちに控訴人らに対する危険性が現実化しているとすることはできないから、そのことのみによっては本件差止請求を肯定することはできないのであり、控訴人ら主張の予防原則は行政施策としては尊重すべきであるとしても、本件差止請求の成否を判断する際の原則になるものではない。上記検討のとおり、病原体等はそれ自体において危険性を有するものであるが、問題はその被害発生をいかに防止するかにかかっているものであるところ、感染研における研究活動等によって、病原体が排出、漏出等されており、あるいはその可能性があり、それによって控訴人らの生命、身体、健康等を侵害する具体的な危険性があると認めることはできないといわざるを得ないのである。
控訴人らは、バイオテクノロジーの危険を繰り返し主張し、この分野の研究過程の一つとして行われてきている組換えDNA実験により生み出されるものについての危険を強調し、専門家もその旨を指摘しているとして、それに沿う証拠を提出している。これらは、いずれも組替えDNA食品等のバイオテクノロジーにより生み出されるものの危険性を訴えているものである。組換えDNA実験が最先端科学技術に属し未知の分野が多々あるにしても、人類の生命、食糧、環境等に関わる重要な基礎的技術の一つとして今世紀における高度の有用性は世界的に承認されているところである。……
ウ 上記認定を踏まえて、感染研の研究活動等に伴い、控訴人らの主張する病原体等の排出、漏出等ないしはその可能性があるか否か、また、その結果として、感染研の研究活動等により控訴人らの生命、身体、健康等が侵害される具体的な危険性があると認められるか否かについて、更に個別に検討を加えることとする。

(2)感染研の設備について
ア 戸山庁舎で使用される設備
HEPAフィルターについて
乙第一五三号証の「平成一二年度国立感染症研究所・バイオセーフティ施設フィルター交換作業報告書」の、実験室(4)の測定位置一八及び一九の一次HEPAフィルターに関する資料によれば、一μm前後の粒子捕集効率が悪くなること、検査測定を三回行っているところ、残留塵埃粒子を誘引したのであれば、測定毎にフィルターを通過した気体が優勢になり、残留塵埃粒子は次第に減少してしかるべきであると考えられるが、検査結果によると、残留粒子は〇・三ないし〇・五μm粒子増加とともに増加する傾向が認められる。
しかしながら、控訴人らが主張する、エアロゾルは空気の流れのままに漂っているのであって、空気の流れに守られて捕捉しにくくなり、更に多く〔大きく〕なれば捕捉され易くなるという点については、上記のエアロゾルに関する捕集原理(慣性、衝突、拡散の三原理によって粒子が捕捉されるもの)とは異なる見解である上、HEPAフィルターについては、従来から最も捕集しにくいとされている粒径は〇・一μm前後あるいは〇・〇八μm(乙二五、六九)と考えられていることに照らしても、上記控訴人らの主張は、合理的な根拠に基かないものといわざるを得ない。また、控訴人らが指摘する検査結果は、他の測定位置、例えば実験室(一)の測定位置三や実験室(六)の測定位置二三については、控訴人らの主張と異なる傾向を示しており(乙一五三)、平成一三年度の現場実験結果における実験室(三)の測定位置一三のデータによれば、粒径〇・八μmあたりの粒径の捕捉効率が低くなるところがあると推定されており、必ずしも粒径が一定していない。平成一四年十一月の現場試験の前までは、パーティクルカウンターに接続するフレキシブルチューブを、ダクトに設置された防火ダンパー用の点検口からHEPAフィルターの下流一メートル付近まで差し込んで測定しており、フレキシブルチューブの先端がHEPAフィルターの下流側約一メートル付近に来るように調整して測定していた。しかし、より正確なデータを収集するため、平成一四年十一月の現場試験においては、HEPAフィルターの設置個所にDOP検査用の測定口を設置し、HEPAフィルターの下流約一〇センチメートルの位置で測定する方法に改めた。その結果、平成十二年度の現場試験結果に比較して、全体的に粒子の捕捉数が減少しており(乙一五四)、ここで採用されている測定方法は、測定口付近の空間における空気中の粒子を測定するものであって、この空間における空気のすべてがHEPAフィルターを通過した空気ではなく、ダクト内の塵埃を零にすることはできない(乙一五五)。これらのことからすると、従前の現場試験において顕出された〇・五μmを超える粒子は、HEPAフィルター下流側のダクト部分から吸引した塵埃である可能性を否定することができない。控訴人らは、実験室(六)の測定位置二三においては、三回の測定でいずれの粒子も正比例に近い形で減少していることから、これら粒子は、フィルターをとおったものであり、ダクト部分で吸引した塵埃ではないと主張するが、この主張は、ダクト内の塵埃が一定量であることを前提にするところ、このような前提が成立すると認めるに足りる証拠はなく、また、この結果のみをもってそのように判断することはできない。以上に照らすと、上記の試験結果は、エアロゾルに関する控訴人らの主張を裏付けるものと評価することはできない。
控訴人らは、HEPAフィルターからの漏出率が〇・〇三パーセントであるとしても、一分間に七〇〇ないし一四個の病原体が漏出し、実際に感染研が取り扱っている病原体等の漏出量は更に多くなり、病原体等の総数量は年間約七二〇ミリリットル〔リットル〕に達し、これに細胞感染実験、動物感染実験による感染動物体内での増殖等を考えると、漏出するする病原体の数値は更に多くなると主張する。
しかしながら、控訴人らの主張は、その前提として感染研において取り扱う病原体の全培養量が一年間で使用され、病原体等のすべてがエアロゾル感染の可能性を有し、かつ、すべての実験でエアロゾルが発生するものと措定しているものであるところ、感染研において年間約七二〇ミリリットル〔リットル〕もの病原体等を使用していることを認めるに足る証拠はなく、控訴人らが前提としている高濃度の病原体等が含まれる液を使用していることを認めるに足りる証拠もない。感染研が実験に使用する病原体等は、その保管しているものの一部であり、菌濃度が一ミリリットル当たり一〇の一〇乗という高濃度の病原体等液を使用していると認めるに足りる証拠もない。各病原体等によってヒトに対する病原性の程度、感染経路等が異なり、また、すべての病原体等がエアロゾル感染の可能性を有するものではない。感染研が扱う病原体のうちエアロゾル感染の可能性があるのは、化膿レンサ球菌のみであり、これは事前に塩酸処理されるから、実験時には生菌は存在しない(乙四一、九四)。しかも、病原体等はその性質に応じて、所定の段階で一定時間の加熱滅菌処理等の化学的処置を施すことによって完全に死滅、不活化させており、それによって生菌を含むエアロゾルはほぼ存在しなくなると考えられる。
さらに、エアロゾル化率についてみると、代表的な実験操作である、超音波処理、ブレンダー、液滴を落す、ピペットによる混和、遠心器ローターの汚染、Vortexミキサー、浮遊液を入れた瓶を振とうする、凍結乾燥アンプルを折る、乾燥した試料を別の試験管に移す、試験管の綿栓を外す、白金耳を火炎に挿入するといった方法を比較すると、エアロゾル化率はそれぞれの方法によって異なり、特にVortexミキサーの場合にはエアロゾル化率は零となっているし、発生しないに等しい実験操作方法も存在するのである。そして、現在は、病原体等の操作には、ピペットは使用しておらず、容ねじ(スクリューキャップ)付きサンプリングチューブを使ってミキサーにかけて攪拌している(Vortexミキサーによる方法)から、エアロゾル化率は零か極めて低いことになる(甲一八六)。しかも、エアロゾル粒子のうち感染性がある粒径は一定の大きさに限られており、感染するには一定以上の量が必要であって微量では感染しないとされており、病原体の個数のみから感染性が定まるものではないのである(乙二三、七八)。その上、P3実験室については、上記の通り二重のHEPAフィルターを設置し、〔病原体等が感染性を保っているのは一定の期間内に限られており、〕また、実験室内は滅菌処理しているほか、上記のとおりの安全管理を行っているのである。
このようにみてくると、感染研戸山庁舎において病原体等が外部の周辺地域に現に排出、漏出しており、又はその可能性があり、それによって控訴人らに感染する具体的な危険性があると認めることは困難であって、控訴人らの主張は漠然たる抽象的な危険性をいうものに過ぎず、科学的な根拠を欠くものであるといわざるを得ない。病原体等が外部に排出、漏出等する可能性があることを科学的には完全に否定することができないとしても、その漏出等の数量は僅かであり、それが更に紫外線によって不活化されること等を考慮すると、漏出等した病原体等によって控訴人らが感染する具体的な危険性があるとまではいうことができない。
したがって、控訴人らの上記主張は採用することができない。
(イ)滅菌処理装置(略)
イ 戸山庁舎の立地及び配置について
ウ 戸山庁舎の耐震性
控訴人らは、戸山庁舎が、「八七標準」を受けて平成八年に策定された「九六基準」を満たしておらず、建築物として危険であると主張する。……しかしながら、戸山庁舎は、「八七標準」に基いて設計、建設された官庁施設であるところ、「九六基準」に基いて構造計算を行い、構造体の耐震安全性について確認した結果、「九六基準」における構造体の耐震安全性の分類によるⅠ類に該当し、その重要度係数は一・五とされ、必要保有水平耐力に対する保有水平耐力の割合は概ね基準値を上回っていることが明らかとなった。……
耐震診断等がされていないことが原因となって、病原体等が漏出等し、控訴人らに感染する具体的な危険性があると認められるわけではないから、控訴人らの上記主張は理由がない。
エ 建築基準法違反
(3)感染研の運用における危険性
ア 病原体等安全管理規定
イ WHO指針等違反
ウ 査察報告書
エ その他の法令違反
(4)環境影響評価義務について
(5)人為ミス及び施設トラブルについて
ア 人為ミスについて
イ 所内査察結果について
ウ 保有病原体について
エ 実験動物使用実績について
オ 昆虫、ダニの飼育について
カ 施設トラブルについて
5 本件差し止め請求について
本件において控訴人らが主張しているところは、感染研(戸山庁舎)が取り扱い、又は保管している病原体等が、戸山庁舎の設備・機器等の欠陥・不備、安全確保のための運営管理体制の不備等様々な原因によって、庁舎外の周辺地域に排出、漏出等しており、又は排出、漏出等するおそれがあり、それが控訴人らに感染して、その生命、身体、健康等及びこれらから派生する平穏な生活を営む利益を侵害し、または侵害する危険性が存するというものであるところ、上記において、感染研が取り扱い、又は保管している病原体等、基本的な設備機器、P3・P2・R1実験動物等に係る施設・区域、有害化学物質・廃棄物の取り扱い、P3・P2・R1・組替えDNA実験・有害化学物質・廃棄物等についての運営面における安全確保体制、地震等災害発生時の緊急体制、さらに、戸山庁舎の耐震性、建築基準法その他の法令・WHO指針等との関係等について検討してきた。それによれば、控訴人らが主張するような設備・機器等の欠陥や安全体制の不備は特段認められず、また、それが原因となって病原体等が周辺地域に排出、漏出等し、又はそのおそれがあり、それによって控訴人らが感染する具体的な危険性があるとまでは認められず、単に抽象的、一般的な危険性が存するにとどまるものであるという結論に達したものである。
しかし、このように抽象的、一般的な危険性にとどまるものであるとしても、繰り返し述べているように、ひとたび病原体等が外部に漏出等するような事態が発生すれば、最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害が惹起される危険性があるから、感染研においては、病原体等の漏出等による感染の具体的な危険性が絶対に発生しないように、あらゆる万全の施策を講じてこれを未然に防止しなければならず、平素からこれを確実に実践するように努めるべきことはいうまでもない。
当裁判所としては、このような観点から、感染研に対し、諸設備・機器の厳格な点検実施、最新の設備・機器の設置・更新、徹底した安全管理体制の構築及び適宜見直し等、安全確保のための諸施策の遵守と実践を改めて強く要請するものである。
以上を前提とした上で、感染研が担っている各種の医学研究、国家検定、国家検査、WHO関係業務等の広範かつ高度に専門的な衛生行政の公共性及び公益性、並びに、これまでにみてきた受忍限度の判断基準に関連する諸事情を総合的に考察すれば、控訴人らに対する上記危険性は、なお受忍限度の範囲内にあり、したがって、本件差止請求は認めることができないといわざるを得ない。なお、控訴人らは、上記控訴人らの当審における主張として掲げた点以外にも、るる主張しているが、いずれも上記認定、判断を左右するものではない。
よって、控訴人らの請求は理由がないから、いずれも棄却すべきものとした原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、いずれも棄却することとして、主文の通り判決する。

東京高等裁判所第十一民事部
〇三年一〇月二五日 予研=感染研裁判の会は次の声明を発表した。

声明
1 本年九月二九日、東京高等裁判所は、わが国における最初の本格的なバイオハザード裁判である予研=感染研の実験差し止め、再移転要求の上告訴訟の判決を言い渡した。判決は、控訴人の主張は「一般的抽象的危険性を指摘するものではあっても、そのこと自体から直ちに控訴人らに対する危険性が現実化しているとすることはできない」として、私たちの請求を棄却し、結果的には、一審判決を踏襲した不当な判決となった。私たちは、この判決に承服することはできず、一〇月七日の臨時総会において、最高裁に上告することを決定し、一〇月一二日、一一一名が上告の手続きをとった。
2 東京地裁判決に対しては、私たちは「無知にして無恥」と評したところであるが、東京高裁は、判決書審理に終わらせず、自ら「科学裁判」と位置付け、可能な限りの資料の提出を求めて審理し、被控訴人国の主張が科学裁判にふさわしくないとして、いったん結審した裁判を再開してまで、科学的審議に努める姿勢を示した。にもかかわらず、再開公判において被控訴人の提出したどの資料に基いて、このような判決に至ったかを明らかにしなかった。
3 高裁は、本訴訟の意義に対して理解を示し、「ひとたび病原体が外部に漏出等するような事態が発生すれば、最悪の場合には回復が事実上極めて困難な甚大な被害が惹起される危険性があるから、感染研においては、病原体等の漏出等による感染の具体的な危険性が絶対に発生しないように、あらゆる万全の施策を講じてこれを未然に防止しなければならず、平素からこれを確実に実践するよう努めるべきことはいうまでもない。当裁判所としては、このような観点から、感染研に対し、諸設備・機器の厳格な点検実施、最新の設備・機器の設置・更新、徹底した安全管理体制の構築及び適宜の見直し等、安全確保のための諸施策の遵守と実践を改めて強く要請するものである。」としている。
たしかに、感染研は、全く責任を問われないというわけではなく、強い要請を受けることとなっている。しかしながら、要請であるから強制力は、従わなかった場合の罰則もない。極めて不十分であると言わざるを得ない。
4 高裁は、バイオハザードに関して「(感染研は)その実情を地域住民を始めとする国民一般に広く情報公開等して、その理解と協力を得ることが最も重要であると考えられる。控訴人らの上記主張は、このような意味において重みのある指摘であり、傾聴に値するものがある。」としている。原審判決が、専門家の警鐘に対して「未知の部分のみの危険をいたずらに書き立て、喧伝して一般人の不安を煽るような論者らの態度は、およそ科学者として公正で責任あるものとはいえない。」としているのにくらべれば、良識的ではある。
しかしその一方で、「バイオテクノロジーの高度の有用性は世界的に承認されているところである」との一面的な評価を行っており、控訴人らの危険性の指摘を傾聴したとは言いがたい。これでは、理解と協力を得さえすれば良いこととなってしまう。
5 国際査察に関して原判決は、オビアット、リッチモンド報告書に関して、これをしたためた当の本人がその内容を了承していたとし、改竄が行われたことを事実上認めながら、本人が了承しているからとこれを全面的に採用する一方で、コリンズ、ケネディ報告書は、杞憂に過ぎないと排除している。高裁では、コリンズ、ケネディ報告書には言及するが、オビアット、リッチモンド報告書には全く触れず、良識を示した。しかしながら、コリンズ、ケネディ報告書を推測に過ぎないとする点では、原審判決と何ら、変わるところはない。
6 高裁における審理は、情報公開法によって入手した資料を巡って開始された。
私たちがHEPAフィルターの捕集効率には、〇・八五ミクロンのところに谷があると指摘したところ、感染研側は、〇・五ミクロン以上の粒子は塵埃であると称して論争になった。私たちは、相関係数を求めて、〇・五ミクロン以下の粒子と、〇・五ミクロン以上の粒子の間に本質的な差はない事を証明したが、その科学的意味は全く理解されず、「従来から最も捕集しにくいとされている粒径は〇・一μm前後あるいは〇・〇八μm(乙二五、六九)と考えられている」を持ち出すだけである。
塵埃がどこから入ったのかとの質問に対する被控訴人の回答は、フィルター交換時というものであったが、最も清浄を要求され、それゆえに交換後の清掃まで義務付けられているフィルター交換時に限って塵埃がダクト内側に付着し、それが絶えず空気中に出て行く状態にあるという被控訴人の証言を不問に付している。
塵埃は、フィルター交換時に限って付着するのであるから、慣らし運転によって塵埃を吸引することがなくなるまで、あるいは、せめて初期値の四分の一になるまで待って検査すべきであると要求したに関わらず実行されず、的外れの吸引口をHEPAフィルターに近づけたデータが、示されただけであった。これでは、装着の不具合や、その他の原因による漏洩を検証することはできない。
さすがに、「〇・五ミクロン以上の粒子も塵埃ではないとの控訴人の主張は失当である」 とはいえず、「塵埃である可能性を否定できない」という消極的同意を与えるにとどまった。
なお、三二ページの記述は、原審判決書二六八ページの引き写しであり、粒径を孔径とした誤りまで、そのまま引き写されているのは、杜撰である。
7 七一ページでは、「感染研において年間七二〇ミリリットル(リットルの誤記)もの病原体等を使用していることを認めるに足りる証拠はなく」と決め付けているが、証拠は原審において、被告国が提出した資料にある。更に、「控訴人らが前提としている高濃度の病原体等が含まれる液を使用していることを認めるに足りる証拠もない」としている。一年間で培養される病原体のいくつかについて集計したものが、七二〇リットルであることは否定できない事実である。控訴人の主張は、その培養時に発生するエアロゾルを問題にしたのである。培養直後の病原体等の濃度が極めて高濃度であるのは、普通である。ことさら証拠を求められるような事柄ではないのである。
「感染研が扱う病原体のうち、エアロゾル感染の可能性があるのは、化膿連鎖球菌のみであり」と断定しているが、そのような科学文献は存在しない。
「これは事前に塩酸処理されるから、実験時には生菌は存在しない」という被控訴人の苦し紛れの説明をそのまま踏襲している。事実は、培養後の生菌に対して塩酸処理が行われるのである。したがって、まずもって化膿連鎖球菌を培養して生菌を集めなければならない。生菌でなければ、培養できない。この培養・集菌の際、不可避的に発生するエアロゾルを問題にしたのであるから、言い逃れは出来ない。
「容ねじ(スクリューキャップ)つきのサンプリングチューブ」の感染研の主張に対しては、その根拠となった被控訴人国提出の科学文献の分析を既に、意見書として提出済みである。裁判所は、この意見書を全く読まなかったのか、あるいは検討する価値なしと切り捨てたのか。いずれにしても、公平を欠く非科学的な態度である。8 WHO指針については、九三年の『微生物実験施設安全対策必携』だけが取り上げられて、バイオ施設の立地条件を定めた『保健関係実験施設の安全性』が全く無視されていて、片手落ちである。判決書は、WHO指針違反の個々の個所だけを個別に取り上げて、その違反だけをもって病原体の漏出を導出するのは困難であると主張するが、しかし、そもそも、そうした論法に無理があるのであって、感染事故や病原体の漏出や二次感染等は、個々の安全対策の不備が複合的に作用して起こるものであるという現実を見ていない。全体としての安全対策の不備や杜撰さが事故の起こる温床となることを全く見ていない。
9 これを要約するに、公害裁判に関する法理としては、従来の判例の成果を引き継いでいるのであるが、科学に関する基礎知識が決定的に欠如しているために、折角の意気込みにもかかわらず、「科学裁判」にふさわしい結論に導かれず「受忍限度の範囲内にある」との認定にとどまり、原判決の域を出るものとならなかったのである。
10 私たちは、最高裁において判決の誤りを是正させると共に、住宅地における病原体実験の禁止と再移転を求めて、引き続き奮闘するものである。
二〇〇三年一〇月二五日  予研=感染研裁判の会世話人会

七 最高裁判所への上告

〇三年一〇月一二日 一一一名が最高裁に上告
〇三年十二月一五日 上告理由書提出。上告理由書の核心部分を掲載しよう。

上告理由書

1 結審後の発見
結審後、時間ができたので、前から気になっていた雑誌「空気清浄コンタミネーションコントロール」の第三〇巻第三号(一九九二年八月)(甲五七四号証)に掲載されているDOPエアロゾルの累積相対度数のグラフから、相対度数のグラフを導き出す仕事に取り組んだ。この累積相対度数のグラフは、対数確率紙上で、直線で表されていた(第4図)。
これに目盛りを入れたものが第5図である。
これは累積相対度数であるから、これらの相対度数の分布を求めると、その第5図となった。もとのグラフには、七本の直線が引かれていたので、それぞれを表したのである。形はどれも同じである。これは、水の分子が、エアロゾルに捕捉されるかされないかという偶然の現象が無数に積み重ねられたことを示している。ただし、xは正の範囲に限られているために、通常の正規分布とは異なっている。これを、「有界正規分布」と名づけることにしよう。
この式は、であたえられる。この有界正規分布の曲線は、先に求めたHEPAフィルターの捕集効率の曲線と、形が似ていることに気がついた。そこで、捕集効率でなく、漏出確率に注目することにしたのである。まさに、コペルニクス的転回である。
実際に重ねて見たのが第7図である。
赤い(橙色に見える)曲線は有界正規分布曲線、青い曲線は捕集効率を漏出確率として捉えなおした曲線であるが、ほぼ一致していることがわかる。後者は私が勝手に設定した実験式のグラフでしかなかったのであるが、にわかに、現実性を持ってきた。 このように、漏出確率が、有界正規分布として一元的に表現されたことは、重要である。すなわち、四階級に区分された下流側の粒子は、等質なエアロゾル粒子であることを示しているからである。これらが等質であることは、さきに、相関係数によって証明されていたのであるが、今回、その分布が一元的に表現されたことによって、さらに裏付けられることとなった。一部が塵埃であるという感染研の主張は、完全に否定された。
感染研は、捕集効率の谷の存在について、拡散、衝突の二元論で説明した。これは、俗耳の入りやすく、判決でも、慣性、拡散、衝突の三原理に言及している。しかし、慣性はすべての粒子が備えており、大きな粒子は慣性、小さな粒子は拡散というものではない。すべてを、分子運動として、統一的に捉えるべきであろう。
感染研は、また、〇・五μm以上の粒子は塵埃であると主張して、ここでも二元論を展開したが、今回示された見事な統一性によって、感染研の主張する二元論は、いずれについても、何の根拠もないことが、改めて明らかとなった。

2 漏出確率が有界正規分布をなす理由
漏出確率が有界正規分布をなすことは、グラフが一致することから推測されるが、それでは、なぜ漏出確率は有界正規分布をなすのであろうか。その理由を考えてみよう。
下流側の粒子径の分布も偶然事象であるから、有界正規分布に従うと考えることは、極めて自然であろう。それで、下流側の粒子径の分布は有界正規分布に従う、という仮説を立ててみることにする。上流、下流の有界正規分布の平均をそれぞれm、nとし、標準偏差をσ、τとすると、漏出確率の指数部分は、右上の式のとおり変形される。

従って、漏出確率もまた、平均が、 標準偏差がである有界正規分布に従うという予想が導かれるのである。

ところで、漏出確率は、上に見たように有界正規分布に従うことが実証されているから、改めて実験して検証するまでもなく、上の仮説が成り立つことが検証されたこととなる。

因みに、ρ=とおくと、 という関係が成り立つ。
また、 =とおくと、の関係が成り立つ。

 

3 実験室(4)位置18の場合
実験室(4)位置18の上流側の粒子径の分布は次のようである。ただし、度数は〇・〇一立方フィート当たりのエアロゾルの数である。
いま、第一回の測定値を取り上げてみよう。〇・〇~〇・一の測定値が記録されていないが、正規分布となることが知られているから、仮に一万五〇〇〇個としよう。このとき、累積度数のグラフは、第7図のようである。
対数確率紙上で、グラフが直線になるから、上流側では、均質であると思われる。
平均値をM、標準偏差をSとすると、m=logM=-〇・九八 σ=一〇g(M+S)-一〇g M=〇・三四となる。度数分布は第8図のようである。
黒い線は、上のグラフから、読み取ったものである。また、紫の曲線は、有界正規分布の式に当てはめて描いたものである。良くあっていることが分かる。
赤い線分は、上の3回の測定値を表したものである。
m=〇・九八、σ=〇・三四、n=-〇・〇七、ρ=〇・一六
であるから、n=-〇・二三五、τ=〇・一四四七となる。
これをもとにしてグラフを描くと、第10図のようになる。
下流側の分布が、ややずれているが、何分測定がそれぞれ三回しか行われていないので、誤差がかなり大きいと思われる。
なお、目盛りは三つのグラフに共通であるが、単位は括弧で示したように、異なっている。

4 まとめ
情報公開法によって、現地DOP試験の結果がわかり、捕集効率の谷のグラフが計量的に描けたが、その時点では、なぜそのような曲線になるのかは不明であった。
HEPAフィルター上流側のエアロゾル粒子径の分布が理論的に解明された結果、捕集効率の谷と思われたものは、実は漏出確率の山形分布であって、それが有界正規分布であることが明らかとなり、なぜ漏出確率の分布が有界正規分布となるのかも、理論的に解明された。
国側の主張では、粒子径〇・一ミクロン乃至〇・二ミクロンのところに漏出エアロゾルの分布の山(捕集効率の谷)があるというが、現地試験では認められないし、第9図のグラフで見るように、理論的にもその存在が証明されない。
国側は、また、粒子径〇・五ミクロン以上の粒子は塵埃であるというが、それならば、分布は〇・五ミクロン以下のエアロゾルの分布と、〇・五ミクロン以上の塵埃の分布に分かれるはずであるが、捕集効率の分布も、下流側の粒子径の分布も、連続した一つの分布であって、二つの山を持った逆W型分布となっていない(第9図)。
国側は、塵埃はHEPAフィルター交換時にダクト内側に付着し、絶えず空気中に出て行く状態にあるというが、三回の測定の結果では、国側が塵埃だと称する粒子が次第に減少した場合もあるが、次第に増加した場合もあり、一旦減少してまた増加した場合もある。これは、確率現象の特徴であって、国側の説明と矛盾する。
以上によって、「粒子径〇・五ミクロン以上の粒子は塵埃である」とする国側の主張は、完全に否定された。

〇四年一月二六日 最高裁より、第三小法廷で審理する旨、連絡があった。
〇五年四月二六日 最高裁が上告棄却、上告受理申立不受理を決定。
予研=感染研裁判の会は、即日、次の会長談話を発表した。
会長談話
① 二〇〇五年四月二六日、最高裁は私たち一一一名の上告を棄却し、上告受理の申し立てを受理しないとの決定を行いました。いずれも、民訴法の規定に該当しないという理由です。「事実誤認又は単なる法令違反」では受理できないというのです。最高裁の限界を露呈するものであって、極めて遺憾です。
② これにより、二〇〇三年九月二九日に出された高裁判決が確定することとなりました。そこでは、感染研に対して「ひとたび病原体が外部に漏出等するような事態が発生すれば、最悪の場面には回復が事実上極めて困難な甚大な被害が惹起される危険性がある」さらに「あらゆる万全の施策を講じてこれを未然に防止しなければならず」従って、感染研に対して「安全確保のための諸施策遵守と実践を改めて強く要請」しています。
ただし、「危険性は受忍限度の範囲内」との判断には承服できず、上告したのでした。
③ どのような決定がなされようと、感染研の危険性は、いささかも変わりません。私たちは、今後も、感染研の安全確保と再移転の実現のため、努力するものです。
〇五年五月八日(日)一九時から、予研=感染研裁判の会は、臨時世話人会を開き、次に声明を採択した。
「予研・感染研の実験差止、再移転」の上告棄却決定にあたっての声明
1 私たち一一一名の原告が東京高裁判決を不服とし、「感染研での実験差止、再移転」の上告申し立てを行ったことに対し、最高裁は二〇〇五年四月二六日、これを受理しないとの決定を行いました。いずれも、民事訴訟法(以下、民訴法)の規定に該当しないという理由です。「事実誤認又は単なる法令違反」では受理できないというのです。これは、最高裁の限界を露呈するものであって、極めて遺憾です。
2 これにより、二〇〇三年九月二九日に出された東京高裁判決が確定することとなりました。そこでは、感染研に対して「ひとたび病原体が外部に漏出等するような事態が発生すれば、最悪の場面には回復が事実上極めて困難な甚大な被害が惹起される危険性がある」さらに「あらゆる万全の施策を講じてこれを未然に防止しなければならず」従って、感染研に対して「安全確保のための諸施策遵守と実践を改めて強く要請」しています。ただし、私たちは、東京高裁が「危険性は受忍限度の範囲内」とし、原告側の主張を受け入れようとしなかったため、これに承伏できず、最高裁に上告したのでした。
3 どのような決定がなされようと、東京高裁も指摘しているように、感染研の危険性はいささかも変わりません。毎日繰り返される実験等による病原体の漏出など感染研の存在自体が地域住民に不安と恐怖を与えています。
国民の生命と健康を守るべき厚生労働省及び感染研は、「安全神話」にあぐらをかき、高慢かつ杜撰な行政によって多くの国民を犠牲にしてきた過去の歴史を深く反省し、予研・感染研がバイオハザード災害を引き起こすことのないよう具体的な施策を国民の前に提示する責任と義務があります。
私たちは今後も、地域住民や早稲田大学をはじめとする関係諸団体の皆さんと、感染研の安全確保と再移転のために努力するものです。二〇〇五年六月二日、予研=感染研裁判の会
〇五年五月一七日(火)早稲田大学文学学術院教授会が最高裁判決に遺憾の意を表明する声明を発表した。
声明
二〇〇五年四月二六日、最高裁判所第三小法廷は、国立感染症研究所(旧予防衛生研究所)の実験等差止請求事件について、上告の棄却および上告審不受理を決定した。真に遺憾といわざるを得ない。危険な実験施設が近隣に与える不安は、今回の決定にもかかわらず、到底解消されるものではない。本教授会は今後も厳しい監視を継続するとともに、当該施設の移転を強く要求するものである。
二〇〇五年五月一七日 早稲田大学文学学術院教授会
〇五年六月一八日(土) 予研=感染研裁判の会第一七回総会において、十一月二六日に報告集会を行い、名称を変更して、運動を継続することを確認した。